2010/06/01

吉原最後の芸者 みな子さん死去

2008年 竜泉のうなぎ屋「まんだな」で

5月31日 早朝の4時10分頃、吉原最後の芸者であるみな子姐さんが、息をお引取りになりました。死因はがん性腹膜炎。御年90歳。

最後の吉原芸者みな子姐さんは、生涯現役をうたい文句に、お座敷に出たり、若手の芸者衆に芸事を教えたりなさっておりました。

北海道から出てきたみな子姐さんの家族は、上野に着くなり騙されて財産を全て失い、仕方なく吉原の世界に。当時のみな子姐さんは11歳。

吉原の芸者置屋に丁稚奉公として入り、学業と芸事をいそしむ生活。
それこそ血の滲むような努力をして、吉原芸者になったのでした。
姐さんの初座敷はなんと12歳。

吉原という街は、一風独特の世界。
花魁がおるので、芸者は本当に芸に秀でなくてはならない。
芸者衆の中でも、特に芸事に厳しい世界でした。

第二次世界大戦中は、疎開などが有った為みな散りじりに。
その後昭和33年には売春防止法の施行で、吉原遊郭は300年の歴史に幕を閉じる。

残った茶屋は数件しかなく、その中の松葉屋で姐さんは芸者として生きて行く。
その頃の吉原は風情などない、ソープ街に変貌していく。
その松葉屋も1998年に廃業。
松葉屋に居た芸者は廃業せざる終えない状況に。

みな子姐さんはその後、浅草組合に席を置く事もなく、たまに呼ばれるお客さんのお座敷に出る程度に。
吉原に勇逸残った金村という料亭も芸者衆がいなくなり、開店休業の状態に追い込まれる。

そんな折、ふとしたきっかけで最後の吉原芸者のみな子姐さんにスポットが当る。

新聞や雑誌の取材も大分増え、講演会などに呼ばれる事も。
昨年には自叙伝「華より花」という本も出版。

お酒は毎日2合はたしなみ、元気いっぱいのお姐さんでもあった。

そんな姐さんも寄る年波には勝てなかったのか。
御年90歳で、最後の吉原芸者の幕を閉じた。

昭和33年に吉原の灯が消えてから52年。
また吉原の灯が消えてしまいました。

四代目みな子 吉原芸者
本名長尾みつ=ながお・みつ)90歳。
北海道出身

人気度: 2%


About the Author

admin has written 116 stories on this site.

浅草の伝統文化の継承伝達をしようと、日夜努力しています。このままでは無くなってしまう日本の素晴らしい文化。皆様の情報や協力をお願い致します。

ɂقuO n搶is{juO

͂ĂRSSɒlj livedoor Readerɒlj My Yahoo!ɒlj Googleɒlj goo RSS[_[ɒlj
Bloglinesɒlj Technoratiɒlj PAIPOREADERɒlj newsgatorɒlj feedpathɒlj
Powered by SEO RSS Plus

この記事に関するコメントを行う

お名前  *
メールアドレス  *
ウェブサイト
コメント:  *

東京浅草どっとこむ

最新の情報

»一覧


Go Top